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ゆるりらと、風に揺れる柳のように

流れるまま英国へ...。僕の心に漂う何かを綴る。

人生は、まるで物語のようだ。

一度読んだ本を二回以上読む、なんてこと滅多に無くって、たまたま本棚の整理か何かで手に取ってパサっと開いた時に読むようなもん。

一度しまうと中々出て来ない。過去は過去。

 

ましてや、自己啓発や文庫・小説は、一度読んだら終わりなもんだから、記憶から抜ける抜ける…。

気に入った箇所へ付箋を張りつつ…、手帳にメモをして必要な所だけ残す、なんてしてると尚更ね。

 

そんな中で、「ハリーポッター」は僕が何度も読み返した本の一つだ。

僕は特に、ファンタジー小説を読み始めると、明け方になっても読むのを止められない程に夢中になってしまう。
そんな訳で、ハリーポッターは出版される度に夢中になって読み、そして時間を置いてから読み直したものです。

 

突然ふと思い出したことが、最終巻の終盤…

ハリーポッター(主人公:以下ハリー)は結婚をし子供を授かるのですが…

その子供達の名前に、今までの人生でお世話になりつつも、惜しくも亡くなられた方達の名前を付けるのです。

 

読み始めたら止まらないくらいに心をグッと掴まれているし、本の世界に感情移入もしている。しかも、初期の作品は映画化もされているから頭の中に今までの場面が鮮明に浮かんでくる、だからこそ感動的な場面でした。

 

けれど、後になって何度か読み返してゆくと、今の時代にそれは難しいのではないか…とか、感動を煽り過ぎなのでは…とか、作者の御涙頂戴にまんまと乗せられているのでは…、そもそもポッターという姓に名前が合わないのでは…、なんだかキラキラネームに近いのでは…、などと考えしまい、2回目以降は最初の感動がどこかへ飛んで行った、なんてことがありました。

 

日本を離れ、今こうして英国に居ながら働きそして生活をしている。去年までの自分がやりたかったこと・夢見ていたことを叶え、そしてただ今、自分がやりたいことをして生きているのだ、と思うと。

なんだか、誰かの伝記や日記を読み進めているような、主人公になったような感覚になったのです。そしてそれと同時に、読むのを辞められない・読み続けるしかない、後戻りできない人生の分岐点に立っていることを自覚しました。

 

 

ハリーを書いたJ.K.ローリングさんしか真相は分からないけれど、ハリーの人生にはハリーの人生があるように、今を生きる人それぞれに生き方がある。

だから、我々もその時その時瞬間瞬間の出会いや出来事を大切にして生きてゆくと、きっと先につながる何かに出会えるのではないかと思うのです。

 

そんなとこを考えると、毎日同じようなことをしているような退屈な感覚は、自分の人生を生きてないからではなくて、自分から変わろうとしてないからなのではないだろうか。

 

そして、自分という物語の主人公は他でもない自分なのだから、その時の自分が納得して進める道を選び進んでゆきたい。

きっと、外野は外野で様々な考えついたことを言ってくるのだと思う。けれど、僕という人生の物語、主人公は外野ではない!!

そして、どんな物語にも終わりがあるように、外野のとやかく言ってくる人たちにも、そして僕の人生にも終わりがある。

 

もちろん、お金を貯めたり将来に向けた動き方も大事、でもそれも今の自分の動きがあってこそであり、今の積み重ねが将来に大きな影響を及ぼすのだと思う。

 

今の自分の積み重ねが物語になるのなら、今の自分が後悔しないとか、楽しい瞬間が多いとか、苦しいかもしれないけど自分や誰かの為になる・役に立っているとか、後を振り返った時にやってみて良かったと思うことをこれからもしてゆきたい。